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秋川流域の文化と自然

(秋川渓谷)

 南一揆の統治した秋川流域は甲州への玄関口であり、檜原城眼下の檜原本宿は中世からの五日市と甲州を結ぶ宿場でした、その甲州筋である秋川流域の地域文化と自然に触れてみましょう。

檜原神社

 檜原城落城後に城主平山氏重親子が自害した千足に在り、元々は西党の祖、日奉氏を祭ったと云われています。

春日神社

 檜原城の守護神として城の鬼門の方角に祭られていたのを江戸期のはじめに本宿へと移築されました。

 秋川流域の甲州筋には西党関連の史跡が幾つも残されているのです。

口留番所址

 甲州と江戸の繋ぎの宿であった檜原本宿は江戸期の頃に番所が置かれ口留番所と呼ばれていました。

吉祥寺

 檜原城の麓に在る寺で西党時代の平山氏の菩提寺であったと云われています。

払沢の滝

 秋川渓流近辺には自然の滝や温泉などが幾つも点在しています、渓流の清水は古来より名水とされていました、また渓流を利用した水運業も盛んに行われて地元住民の生活と秋川は密接な関係にありました。

広徳寺

 あきる野市小和田に在り1373年(応安6年)に創建されました、室町様式を取り入れた建築方法で茅葺の山門と裏庭は大変綺麗です、後に秋川流域を勢力圏に組み込んだ北条氏康によって改築されたとも伝えられています。